1度味わった味を必ず再現できる料理人
そういう料理人を「麒麟の舌」を持っている料理人という
(麒麟は中国神話にでてくる伝説の霊獣である)
これは麒麟の舌を持つ二人の男を描いた物語
タイトルを見て
天才料理人の話かと思っていたが
それは間違いなかったのだが
もっとずっとスケールの大きな話だった
(ネタバレありますので、これから読むという人いたらすみません)
死期を目前にした人に
かつて食べた最上の味を完璧に再現する「最期の料理請負人」を生業とする佐々木充
彼は中国人の楊晴明から「大日本帝国食彩全席」というレシピがあると聞かされる
そのレシピを自分の最後の料理としたい、との依頼を受けた
しかしそのレシピはどこにあるかわからない
佐々木はレシピを手に入れるために
レシピを作った山形直太郎の所縁の人物や土地を訪ね歩く
しかしレシピの行方は依然としてわからず
佐々木は直太郎の娘、幸の元を訪れる
そこでようやく、4冊あるレシピのうちの1冊にたどり着く
そして、もう一人の男
山形直太郎の物語も進んでいく
昭和7年
宮内省の大膳寮で料理人として働いていた直太郎は
軍からの命令で満州に渡ることとなった
妻の千鶴と二人で満州の地に降り立った直太郎は
清朝の宮廷料理、満漢全席を超える料理を作ってほしいと、軍から司令を受ける
満漢全席は品数50とも100とも200とも言われる料理を
3日がかりで食べ尽くすもの
品数200を超える料理、日本料理を基本として、西洋人にも理解しやすい、世界史に名を残す料理を作ってほしい
その料理を披露するのは
料理の名前は「大日本帝国食彩全席」
極秘任務故、この大仕事を直太郎ひとりでやらなければいけない
助手に楊晴明という中国人の青年がつけられた
直太郎は楊と二人でレシピ作りを進める
まずはレシピの構成を春夏秋冬にわけて、それぞれ季節の食材を使ったレシピを考えていった
レシピ考案を続けて迎えた昭和16年
直太郎は軍司令部に呼び出され、驚愕の真実を聞かされる
この翌年は満州国建国十周年
その祝いの宴に「大日本帝国食彩全席」を振る舞う
が
その席を満州国皇帝の愛新覚羅溥儀をおとしいれるための舞台装置として利用するというのだ
軍は満州国に日本人の血を引く世継ぎが欲しかった
そのため溥儀に日本人女性との結婚を勧めてきたが、溥儀はそれに対抗するかのように第四夫人まですべて中国人女性にしていた
業を煮やした軍は弟の溥傑に日本人をめとらせた
もはや溥儀は不要の皇帝でしかなくなり、日本の天皇毒殺の首謀者に仕立てあげるシナリオを作りあげていたのだ
それを聞かされた直太郎の衝撃は計り知れなかった
それまで天皇陛下のため、お国のためと信じて、心血注いで作り上げたレシピがそんなことに使われる
自分も楊晴明も軍の使い捨て
自分は生きて満州をでることはできないと確信した直太郎は
せめて楊を助けようと
楊が中国共産党のスパイだと聞いたと嘘をつき、楊を自分の元から追い出した
その二ヶ月後、太平洋戦争が始まり、天皇陛下行幸など不可能となり、レシピは日の目をみる機会を失った
ソ連が進攻してくるという情報が伝わり、満州から引き上げようとした直太郎一家だが
その日に直太郎は殺されてしまい
妻の千鶴は涙をこらえ、娘を連れて日本へ引き上げた
その後間もなく千鶴も亡くなり、娘の幸も波乱の人生を送る
最後に楊晴明の元に佐々木と幸が訪れ、春夏秋冬すべてのレシピが揃い、更に幸と佐々木は生き別れになった親子だったとわかる
大日本帝国食彩全席のレシピは楊と一緒に作っていた頃のものとはまるで別物になっていた
お国のため、天皇陛下のためのレシピではなく、愛する人たちを喜ばせるためのレシピに
春のレシピには妻の千鶴の好物であるラズベリー
夏のレシピには幸の好物の枇杷
秋のレシピには楊の好物のマスカット
冬のレシピには直太郎本人の好物の雑炊をそれぞれ入れている
そして春のレシピの冒頭にはこんな巻頭言が綴られていた
包丁は父
鍋は母
食材は友
レシピは哲学
湯気は生きる喜び
香りは生きる誇り
できた料理は君そのもの
それを食すは君想う人
料理人としての壮絶な一生を描いたこの作品
いい意味で期待を大きく裏切られました
久々に夢中になって読みきった小説です
巻末に大日本帝国食彩全席のレシピ、204品全て書いてあります
ちなみに私が食べてみたいな~、と思ったのは
このメニュー
【春のレシピ】
苺と薔薇のカクテル
黒胡麻と白胡麻と金胡麻・三食鯛茶漬け
【夏のレシピ】
古代豚とマンゴーの蒸し焼き
もち米を詰めたナツメ、いちじくソース
鰹出汁と上湯の合わせスープの鱧しゃぶしゃぶ
【秋のレシピ】
黒鮑のライスカレー
さつまいものスフレ
花梨のザバイオーネ・ホワイトチョコレート掛け
白トリュフの卵プリン
仏オマール海老・バナナの葉包み焼き南国ソース
【冬のレシピ】
ヤマウズラとフォアグラの中華まんじゅう
ロールキャベツの雑煮風
最後に文中の直太郎の言葉を書いて終わりにします
「私にとっての神は料理です。いいえ、食べないと生きていけない人類にとって、料理はみんなの神といってもいいと思います。その神を、人を殺める道具や人をおとしめる手段になど、決して使ってはならない。
私は、料理人人生の半分以上をこの満州で過ごしたことになります。その間、客にもてなす料理はほとんど作っていません。それは私にとってとても悔いの残ることです。しかし、自分の思いのままに生きられぬこの時代、好きな料理に没頭できただけで幸せなことだと思わなくてはいけません」
終戦記念日はとっくに過ぎてしまいましたが
今一度、戦争について、真の平和とは何かということについて
考えさせられる1冊でした